60分の恋も冷めた瞬間 in 五反田
別に私という存在が目の前にいなくたって、この人は独りで誰かと対話し続けることができるのではないだろうか、そんな風に思えてしまう風俗嬢に出会うことがたまにある。
それは「なりふり構わず自分勝手にマシンガントークをし続ける人」という意味なんかでは決してなく、ほとんど風俗嬢の方が一人で喋っているにも関わらず、あくまで私と「対話」をしている気分にさせてくれるような、そんな情景だ。私のように口下手で流暢に返事のできない人間に対しても、「うふふっ」「ここが気持ちいいんでしょ」「ほらぁ~!」なんて言葉と飛びっきりの笑顔で間を埋めながら、心地よい時間を過ごさせてくれる。そんな風俗嬢に出会うと「この人は私のことをわかってくれているな」と、感じることができる。
これを他の何かに例えるとするならば、よくできたVRアダルト動画に似ているのかもしれない。VR作品の女優さんは、姿の見えない一人称視点の視聴者に向かって、あたかもコミュニケーションを取っているかのように撮影をする。よくできたVRアダルト動画では、それこそ私がこの動画を見るなんてことはわからなかったにも関わらず、「この女優さんは私と対話をしてくれているな」と、思わせてくれるような魅力がある。
これはいわゆる「察するのが上手」と形容されるようなコミュニケーションの話をしているのかもしれない。でも、おそらくそこには「察するのが上手」なのと同じくらいに「察されるのが上手」という逆向きの力も同時に働いていて、「この人は察するのが上手だなぁ」と感じた時、ふと冷静になって我のことを振り返って見ると、「自分も積極的に察されようとしているなぁ」と、思うことがあるのだ。
先日、五反田のM性感で、商業年齢がアラフォーの女性を指名した。黒髪ロングヘアで、背が高く、まるで笑顔を化粧してきたような、太陽のような女性がやって来た。仕上がりが良すぎるくらいに良くできたそのお面のような笑顔は、どこか人間味がなくて不気味さを感じたけれども、そもそも初対面の裸の人間と痴女プレイをするということ自体がいささか不気味なことであるので、お面のような完璧な笑顔の方がこちらも安心して歓待される気分になれたりもする。
「どうぞ」
軽い挨拶の後、温められた350mlの『お~いお茶』をウェルカムドリンクとして手渡してくれると、その女性がソファに腰かけている私の隣にぴったりと座り、腕を絡めてきた。
「今日は、指名してくれてありがとうございます。プレイの時間をたくさん取りたいので、お先にシャワーの準備をしてきますね。温かいお茶でも飲みながら、お待ちください」
お面のような笑顔を一切崩すことなく、これから自分がする行動と、その意味を丁寧に隈なく私に伝えた上で、その女性は浴室へと向かった。あまりに丁寧なその説明は、 私が精神的な孤独に陥らぬための配慮だろうか。まだ出会って2分ほどしか経っていないが、私はもう彼女のことを少なからず信頼していた。
『お〜いお茶』を200mlほど飲んだ頃、準備を終えた彼女が戻って来る。
「それでは、シャワーに行きましょうね」
そう言って、彼女が私のシャツのボタンに指をかけ、服を脱がしてゆく。上半身を裸にされたところで、彼女が人差し指を私の左乳首に近づける。
「乳首、感じるの?」
「感じますよ」
素直なままにそう応えると、彼女は人差し指を引っ込め、私のズボンを脱がし始めた。乳首を触られるかと思いきや、触られなかった。つい先ほどまで私は乳首を触られることを期待していたのが正直なところであるが、彼女が指を下ろした瞬間に「私は最初から乳首を触られないことを望んでいたのだ」と、思うことができた。所詮、過去なんていうものは現在からの遡及的な解釈に過ぎないのだ。彼女が私の乳首を触れなかったという過去が出来上がったその瞬間に、「私は乳首を触られたくなかったし、実際に彼女はそのようにしてくれた」と、目の前で起こった出来事を解釈するのはあまりに容易であった。なぜなら、私が彼女のことを信頼していたからである。そうであるからこそ「彼女は私が望んでいるようにしてくれたのだ」と、彼女に対して私は察される能力を喜んで行使したし、そのおかげで彼女は『私の気持ちを察してくれる素晴らしい女性』に仕立て上げられたのだ。若い頃はこういった関係性であっても「彼女は私のことを察してくれる!すごい!」と素朴に相手のことを神聖視していたものだが、今となっては、自分が察される能力を行使したいと思えるほどに彼女のことを信頼しているという、そんな関係性でいられる今というこの時間を悦べるようになった。
ズボンもパンツも全て脱がされ、私は裸の状態になった。彼女はワンピースを脱いで下着姿になり、私の男性器を引っ張るようにして浴室へと連れていってくれた。彼女はあえて浴室の照明はつけず、手前の洗面所から漏れるわずかな光で照らされた薄暗い浴室の中で、私の顔を一直線に見つめながら身体を洗ってくる。
「ん~っ、あっ。。。気持ちいいねっ、あぁぁんっ、ん~~~っ、あぁぁんっ」
泡のついた手で私の乳首を弄りながら、彼女が突然に喘ぎ始めた! いやいや、乳首を触られているのは私なんだから、喘ぐとしたら普通は私の方だろう。しかし、そんなことを考えるのは無粋であることにすぐ気がついた。だって、彼女は私の気持ちを察して一緒に喘いでくれているはずに違いないのだから。そんな当たり前のことを一瞬忘れ、私は彼女のことを少し疑ってしまっていたし、自分の疑う気持ちから目を逸らして「乳首を触られているのは私なんだから、喘ぐとしたら普通は私の方だろう」などという正論風の意見で身を固めるという、2重の罪を犯してしまった。そんな風に己の疑念で世界を無理矢理に理解しようとせず、ジャズの即興セッションのように、私も彼女と一緒に声を出し、ただただ喘ぎ声のハーモニーを奏でさえすればよいのだ。
題名のない音楽会の幕が閉じた後、寝室へと移動し、ベッドの上に仰向けになるように案内をされる。それからフェザータッチで身体を弄られたり、乳首を舐められたり、頬を合わせたりしながら、性感を高めてもらう。その間も、もちろん彼女はずっと喘いでいたし、私も喘ぎ声で返事をし続けた。
「指、挿れてもいい?」
そう言われて、私が無言で脚を開いたら、彼女がすかさず私の脚の間へと入り込んだ。言葉による返事なんて必要なかったし、2人の間柄ではアナルさえあればそれだけでもう十分だった。
「ちょっと冷たくなるよ、ごめんね」
そう言いながら彼女は私の穴にペペローションをつけて、指サックを嵌めた指を挿入した。穴の中にある前立腺を刺激されながら、もう片方の手で男性器をしごかれる。
「あ~、ここでしょ。ここ気持ちいいねぇ~」
彼女は的確に私の気持ちよいところを指でつついてくる。半ば意識的に、半ば快楽に身をまかせるように、私は脚をガニ股にして腰を浮かせ、赤ちゃんがオムツを替えられる時のような体勢になり、今の自分の気持ちを素直に伝えた。
「きもちいいですぅ~っ!」
「気持ちいい~? そうだね~、あー、も~う、イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! 」
突然、彼女がそれまでよりも1オクターブ高い声で「イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! 」と連呼しはじめた。彼女のその物言いは、さも私が9割5分程イキそうになっているかのようなものだった。ちょっと待ってくれ、さすがに私はそう思わずにはいられなかった。「きもちいですぅ~っ!」と私は確かに貴女に伝えたけれど、どのくらいイキそうかで言えば、まだ7割5分程である。まだイクまでにはもうひと山ある。だから、「も~う、イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! 」なんて勝手なこと言わないで!「イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! 」という7連呼でプレッシャーをかけないで! でも、もし私が彼女に面と向かってそんなことを言ってしまったら、これまで築き上げてきた関係性が崩れてしまいかねないし、高めてきた性感も失われてしまいそうだったから、私はさらにガニ股になって腰をあげ、両手でシーツを握りしめて、 挿れられた指を自ら擦り付けるように仰向けの体勢で必死に腰を振った。少し遅れてしまったけれど、彼女が思い描いていた「も~う、イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! イッチャウ! 」状態の私になろうと頑張った。
「あ~、やばい、やばい、イッちゃいそう...」
「いいよ、イッて、いいんだよ」
「あっ...、やばい.....、やばいです.....、あぁっ、、も~う、イッチャウ! イッチャウ! イッチャ...」
「全部ちょぉおだぃぃ゛ぃ゛い゛ーーーっ!!!!! 」
私が放ったはずの快感は、突然のドスの利いた大声でかき消され、彼女が放った「全部ちょぉおだぃぃ゛ぃ゛い゛ーーーっ!!!!! 」という言葉は、打ち上げられた精液よりも遥か遠くへ飛翔していった。あまりの大声に驚き、私は瞬時に顔をあげ、お腹に落ちた精液越しに向こう側を覗くと、彼女は天を見上げたまま放心状態になっていた。本当にイッたのは、私なんかではなく、彼女であることは火を見るより明らかで、彼女の期待通りになろうとしていた私は、ただただ独り置き去りにされてしまった。いや、そもそも私が追いついていたと勝手に思っていただけで、本当は最初から彼女はずっとずっと先を独りで歩いていたのかもしれない。60分の恋も覚めた、瞬間だった。