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意図せずして雑に扱われ勃起

 確か昨年の9月。まだ職もなく、ほとんど就労意欲もなかった頃。

 代々木のNHKホールにて、某女性ミュージシャンのライブの鑑賞を終え、その足で池袋の某風俗店に。そこは学園系のお店で女の子は制服姿。人気があった女の子が偶然にも出勤していたので、ライブの熱も冷めやらない内にその子を勢いのまま指名。安田美沙子似で有名だったので美沙子ちゃん(仮名)と呼ぼう。人気の女の子だけあって美沙子ちゃんは2時間待ちであったが、どうせ後はネットカフェで泊まるくらいしか予定がなかったので、待つことに。

 職もなく身分の卑しい人間だったので、2時間を過ごす場所に困った。できればお金がかからなくてwi-fiが飛んでいるところに行きたい。静かなら尚更良い。そう考えながら池袋の街を散策していると、都会の中のオアシスのような場所が突然現れた。どうやら『南池袋公園』と言うらしい。




 2016年の4月に開放されたばかりのピカピカの公園。カフェが併設され、市民の憩いの場になっている。『市民の憩いの場』なんていうのは行政が好みそうな儀礼的な文句に思われるかもしれないが、この公園、綺麗な芝生に自由に寝そべることができて居心地が最高に良いので、マジで市民がうじゃうじゃ居た。

 そしてそして、私がこの公園に到着したのは夜の7時頃。カフェの併設された綺麗な公園の夜となれば、どんな光景になるか想像がつくだろう。童貞脳を拗らせている方なら、1秒もしない内に思い浮かべたくなくとも思い浮かんだはずだ。



 もうね、カップルばっかりよ。寝そべってイチャイチャしてるカップルが夜の南池袋公園にはいっぱいいるんですわ。キスはしてるわ、ケツを触ってるわ、本当に猿ですわ。女の子とイチャイチャするためにまずはボーイさんにお金を払うところから始めるという、知能が高度に発達した人間にしか不可能な行動を取る素人童貞とは違って、イチャイチャが止められないんだ。この猿たちは。

 なーんて、童貞脳っぽい煽り方をしてみたが、私は素人童貞脳の持ち主だから、そんなことは思っていない。拗らせた童貞脳はカップルを見たら嫉妬や憎悪を抱くしかないかもしれないが、これから風俗に行く私にとっては、カップルのイチャイチャは充電の場なのだ。カップルのいちゃいちゃを見て童貞が心に嫉妬を抱くのだとしたら、素人童貞の私は睾丸に性欲を抱くのだ!

 そんなこんなで2時間、横目でイチャイチャするカップルを眺めながら、これから風俗店で発射する性欲を睾丸に充電し、いざ風俗店へ。

 現れたのは安田美沙子よりも色白でさっぱりとした感じの美人さん。20歳くらいだろうか。さすが人気のある女の子だけあって、コミュニケーションしやすいし、人当たりもいい子だった。もちろんサービスも良い。でも、学園系で素人っぽい女の子というコンセプトのお店だったので、サービスが良いと言っても、顔面舐めをしてくれるレベルかは未知数だ。

 美沙子ちゃんはキスをすると何故かレモンの味がした。マウスウォッシュのレモン風味とかそんなヤワな話じゃなくて、キスしたらこっちが思わず『すっぺぇ~』って顔を歪ませてしまうくらに本格的なレモンの味がした。あれは何だったのだろう。。。まぁでもしばらくすれば慣れたし、なにより色白で綺麗な女の子だったので、顔面舐めをされたいと思った。いや、『顔面舐めをされなければならない』という使命感のようなものが降り注いできたと言っても過言ではない。嘘。過言です。

 さぁ、顔面舐めをされたいと思ってからが勝負どころだ。

『キス好きなんですー、キスいっぱいしてくださーい!』

 と、サザエさんのタラちゃんのように頼み、様子を伺う。さすがサービスのいい女の子だけあって嫌な顔一つせず笑顔で受け入れてくれた。キスも濃厚だ。そこですかさず次の一手。

『ねぇ、鼻舐めれるー?』

 『えー、鼻ー?君、変態だなぁ。。。』

 と言いながら、軽く鼻の先を1ペロ、2ペロしてくれた。レモンの香りがした。鼻を舐められたことよりも、美沙子ちゃんの

 『君、変態だなぁ。。。』

という言葉のチョイスと言い方が良かった。年下の女の子に『君、』と言われるのもグッとくるものがあったし、声も安田美沙子に似た濁りのない高く澄んだ声で、そんな声で『変態だなぁ。。。』と、呆れつつも若干ポップな感じで言ってくれたのが最高に良かった。

 しかし、頼んだ後の反応にしても、舐め具合にしても、顔面舐めまでは頼まない方がいいだろうと思い、諦めた。こっからは普通の範囲のプレイをしようと決めた。

 気を取り直し、キスを再開した時に、それは起こった。キスをする時に鼻と鼻の先が触れた瞬間、


『ちょっ、まっ!』

と、美沙子ちゃんが急に野太い声をあげ、その勢いのまま右手で私の顔を押しつぶした。その後すかさず

『ちょっと~、濡れてる~っ!』

 と、まるで野太い声など存在しなかったかのように、元の高く澄んだ声でそう指摘してきた。どうやらキスをして鼻と鼻が当たった際に、私が鼻を舐めてもらった時に付着した唾液が、そのまま美沙子ちゃんの鼻についてしまったようだ。自分の唾液が自分につくことがそんなに嫌なのかぁ、自分の唾液が汚いと思う人もいるからなぁ、などと一瞬のうちに色々考えたが、それよりなにより、


『ちょっ、まっ!』

という、突如現れた野太い声と、片手で顔を押しつぶされたことに対し、私のちんこは激しく勃起していた。

僕は手をかざした。すると、風俗嬢はイッた。

 風俗嬢という職業は膣を酷使する仕事だ。

 ただでさえ1日に数人と性行為をするだけでも大変そうなのだが、どうやら風俗に来るお客さんの中にはAVのようなガシマン好きな人も多いようで、いかにガシマンを回避するか、という能力が風俗嬢には求められてしまっている。

 かくいう僕もエロ動画くらいでしか性行為を見たことが無かったので、初めて風俗に行った時には、自分では気付いていなかったがガシマンだったようだ。風俗初体験で潜入した五反田の某風俗店の新人さんから、

「ちょっと…、ごめんね。」

と手マン中の手に優しく手を添えられ、暗黙の拒絶をされた。ちなみにその後には

「あなたのキスは優しすぎるわ…」

と、風俗経験を積んだ今から考えてみても、どんな風俗嬢よりもロマンチックな仕方でキスを拒絶された。

 

 やはり風俗嬢の中でも試行錯誤をしているらしく、様々な拒絶の仕方がある。中でも個人的に一番いいなと思うのは、

「ごめんね、前のお客さんが乱暴でちょっと痛くなっちゃったから、優しく触ってほしいの」

という言葉。

 何かする前に先にこんなことを言われてしまっては、優しくするしかないし、何より、前のお客さんに傷付けられた分、僕がこの女性を守ってあげなければならぬっ!という気合いも入る。そんでもってプレイ終わりに

「優しくしてくれてありがとう!おかげで気持ちよかったよ!」

なんて笑顔で言ってもらえれば、その女性についた風俗客カーストの中で上位ランクに位置づけられたような感じで気分も悪くない。僕のように他の男に対抗意識を燃やしているような人間にとっては尚更効果てきめんだ。気付かぬうちに手マンリテラシーも身につくし、win-winでしかない。本当であろうが嘘であろうが、

「ごめんね、前のお客さんが乱暴でちょっと痛くなっちゃったから、優しく触ってほしいの」

と言っておくのはかなり使えると思う。 

 

 なんてことをつらつらと書いてみたが、この話に関係あるような、ないような出来事がこの前起こった。

 

 池袋の某風俗店での話。

 店頭パネルの写真が可愛かったランキング3位くらいの女の子を指名。学園系のお店にしては珍しく、The・水商売という感じの、茶髪のワンレン、腕にタトゥー、酒やけの声のふくよかな愛嬌抜群の女性が出て来た。始めにこちらの名前を聞かれ、

「山〇です」

と答えると、

「うふっ、山ちゃぁ~んっ」

という感じのノリで強めに抱きつかれ、そのまま獣のようなキスをしてくるくらいに、濃厚なサービスをしてくれる女性だった。プレイの合間合間にもしっかりとコミュニケーションを取ってくれ、雰囲気を作るのがうまく、こちらもノリノリでプレイ。お互いに全裸になり、僕がその女性の脚を広げ、膣に手を伸ばしかけた時、それは起こった。

 

 

「はぁ~~~、んっ、あぁぁぁっ、あぁぁぁあああああ!山ちゃ~~~んっ!!!」 

 

 

 その女性は目を瞑ったまま上を向き、口は半開き、荒い息遣いと共に僕の名前を呼び、座礁した。僕の手はまだ一切膣に触れていない。まだ50㎝は離れている。しかし、彼女は紛れもなくイッたのだ!僕はその光景に驚き、思わず手をひっこめた。そして、何事もなかったかのように、次の瞬間には彼女の濃厚なフェラチオを受けていた。

 

 結構前の話だが、『マツコ&有吉の怒り新党』という番組の中で、こんな話があった。「コンビニでTポイントカードを持ってますか?と毎回聞かれることに怒っています。何かいい方法はありませんか?」という視聴者からのお怒りメールに対して、有吉が「俺もめんどくさいなぁと思って嫌だったけど、最近、解決法を見つけたよ。言われる前にTポイントカードを出しちゃう!」という、まさにトンチのような解答をしていた。

 

 この話になぞらえるのならば、私が手をかざしただけでイッたあの女性は

『どうしても客がイカせようとするならば、先にイッてしまえばいい!』

という技術を身につけていたのかもしれない。現に私は、すぐに手を引っ込めてしまったのだ! 

 いや、あまりに穿った見方をしすぎだろうか。実際に手をかざしただけでイッた可能性も否めない。

 

とりあえず言えることは、

僕は手をかざした。すると、風俗嬢はイッた。

それだけである。

 

 

 

 

 

風俗嬢に顔面舐めをされて原罪を自覚する

 NHKの『こころの時代~宗教・人生~』という番組を全て録画している。
 平日の連勤に疲れ、特に何かをやろうという気も起きない週末。ワンルームの部屋で1人で過ごし、丁度いいくらいに鬱々としてくる夕暮れ時、気づくとハードディスクに溜め込んだ『こころの時代~宗教・人生~』を1.5倍速で見ている。本当は2倍速がいいけど、1.5倍速が限界のテレビだからしょうがない。
 先週の週末に再生したのは、東八幡で教会を営んでいる牧師さんの話だった。SEALDsの奥田愛基さんの父親の奥田知志さんである。
 奥田知志さんは昔からホームレスの生活支援をしているようで、奥田愛基さんの自伝にも、子供の頃から普通にホームレスの人と1つ屋根の下で生活していたというような話も書いてあった。

 

変える

変える

 

 

 その番組の中で、こんな場面があった。牧師の奥田知志さんがホームレス支援のためにアパートを5部屋くらい借りたが、入居者を募集したらその何倍ものホームレスの方から応募が殺到してしまった。年齢や健康状態を踏まえ、入居者候補を10人まで絞ったが、10人皆が今すぐに住居を必要としているレベルなので、5人には絞れない。でも部屋の数には上限があるから、残酷だけれど5人に絞らなければならない。奥田知志さんは「人間はそもそも罪人(つみびと)だから」と、自らの支援活動も罪深いものだと自覚した上で、そういった苦労を引き受けながら活動を行っているようだった。

 さて、後悔し始めてきた。どうして僕はこんな話をいきなりしてしまったのだろうか。最悪な文章展開である。こっから風俗での唾液の話をしようと思っているのに。でも奥田知志さんを取り上げていた番組にはいろいろ思うところがあった。人間が罪深い生き物だというのは、本当にそう思う。別に僕はクリスチャンではないし、人間の罪深い部分だけをやたらとクローズアップをする必要もないとは思うけど、それでも人間は罪を背負わざるを得ない生き物だという感覚はわかる。

 しかし、である。僕は今から風俗での唾液の話をするのだ。そのためにこんな前振りは必要なかったのではないかとも思う。うん。気を取り直して唾液の話をしよう。

 風俗に行くとまずすることがある。それはキスである。風俗嬢は身体は許せど唇は許さない、キスは好きな人としかしたくない風俗嬢も多い、そんなのはもう完全に昔話で、むしろそんなこと言い出す風俗嬢の方が珍しいくらいだ。
 キスをするといつも気になるのは風俗嬢の唾液の匂いだ。僕はキスの時に、まず唾液の匂いを嗜む。ワインはまず匂いを嗜むというが、唾液もそうである。まず匂いを嗜むのだ。それがスマートな大人の男性の楽しみ方である。僕は唾液ソムリエだ。

 先にキスの話をしてしまったが、ここで注意が必要なことがある。唾液の匂いを嗜む前に、僕は想像で唾液の匂いを嗜んでいる。風俗嬢と初めて顔を見合わせてから、彼女の推定年齢、肌の色や質、歯並び、会話の仕方や表情などから、「この人はこんな唾液の匂いかもなぁ」と想像している。ここでまた1つ気をつけなければならないのだが、自覚的に想像しているわけでは決してない。実際にキスをして唾液の匂いを嗜んだ時、「えっ、思っていたのと違う!」と感じることがよくあるのだが、その驚いている自分に気づいた時にやっと、自分が想像で唾液を嗜んでいたことに事後的に気づくのである。

 これは面白いようで全く面白くない話だけれど、美人の唾液が臭かった時はやっぱり驚きが大きい。美人なのに臭いのかよ!って驚いている自分がいる。また、唾液を嗜んでいく中で、個人的にコペルニクス的転回のような発見だと思ったことがある。それは顔の美醜と唾液の匂いの良し悪しはあまり関係がないということだ。どんなに瞳のキラキラした美人でも、4畳半の木造アパートみたいな唾液の匂いの人もいる。というか結構な確率でいる。ルックスは2LDKオートロック駅まで徒歩3分高級マンションって感じなのに、唾液の匂いは築42年畳4畳半の木造アパートって感じの美人が結構いるのだ。ちなみに僕が今まで一番唾液の匂いがいいと思った風俗嬢は、不潔なイメージを持たれやすい太った女の子だった。

 そうは言ったものの、やはり唾液は想像で嗜んでいるところもあるので、イメージやルックスも重要だ。僕の個人的な感覚だと、歯並びが綺麗で、肌が白くてスベスベな、中背中肉の健康体の女の子は唾液の匂いがいいはずだ、という思い込みがある。

 最近、とある風俗店で理想にかなり近い女の子を見つけた。肌は真っ白で、笑顔が明るく、長澤まさみに似ている中肉中背の女の子だ。まさみちゃん(仮名)と呼ぼう。仮名ではなく本名が気になる人もいるかも知れないが、僕は源氏名しか知らないぞ。初めてまさみちゃんに会った時、まさみちゃんはDカップなので「私おっぱい大きいよ」と、おっぱいアピールをしてくれたのだけれど、僕の脳内ではおっぱいの大きさは想像の唾液の匂いには全く影響を及ぼさないので、その時はおっぱいアピールを無に帰してしまった。いよいよ、まさみちゃんとキスをする段になり、どうだ…、どうだ…、と、唾液の匂いを心待ちにしていると…、驚くべきほどに無臭であった。見た目の印象の通りに清潔感のある唾液で、ものすごく美しいと思った。もちろん彼女自身の美しさもあるし、想像の唾液と実際の唾液の美しさが一致したという、そのこと自体も美しかった。

 あまりに美しいものに出会うと、僕は「そんなはずはない」と思ってしまう。どこかに粗があるに違いない。2回目に彼女のことを指名した時に、69をしようと提案した。唾液が無臭でも、下の方の体液が物凄い臭い人もいる。それを確かめようと思った。これは一見変なこだわりに思えるかもしれないけど、飲み水にも使わない地下水汚染を気にして豊洲新市場移転に反対している都民の多くは賛同してくれると信じている。この前なんて、ルックスも唾液も綺麗だった18歳の女の子に「69をしよう!」と誘って69をした時、あまりの臭さに頭がクラクラしそうになった。しかし「69をしよう!」と言ったのは自分であるので、ここで舐めないのはおかしい人だと思われると思い、臭さの度合いの低い内腿の辺りを必死に舐めた。そんなことを気にする以前に、僕は頭がおかしい人な可能性も否めないが。そんなこともあったので、まさみちゃんにも69を提案したのだ。結果、どこもかしこも臭いところが無かった。完璧だと思った。下の穴と上の穴が清潔であると、その人は上から下まで一本の清潔な筋が通っているかのようなイメージになる。もはやまさみちゃんは清潔そのもので、僕の中ではほとんどまさみちゃんが<清潔感>という概念そのものに思えるようになった。

 やっとだ。やっと準備が整った。長かった。ここまで実に3年くらいかかっている。 僕は<清潔感>に顔を舐めてもらおうと思っていたのだ。しかも都合の良いことに<清潔感>ちゃんは、自分のことを自分で「犬」というくらいに人を舌でペロペロするのが好きということだった。しかし、唾液ソムリエの僕はいきなり「顔舐めて」なんて品の無いことは言わない。まだまだ唾液ソムリエ見習いの頃は、長谷川潤似のハーフ顔の風俗嬢に「顔舐めてぇ~」とお願いしたら、間髪入れずに「お前頭おかしいんか!」と、頭をポカン!と叩かれたことがあったが、今の僕はそんな品の無いことはしない。ちなみに言っておくと、長谷川潤似の女の子に頭を叩かれた瞬間、ちんこは勃った。

 少し話が脱線した。顔面舐めの話に戻そう。経験的に、顔を舐めてくれる子とくれない子にはキスの時点で大きな差がある。キスをする時に、こちらの口の周りを平気で唾液で汚してくる女の子は、頼めば顔を舐めてくれる可能性が高い。特に、上唇の上の方を汚してきた時はチャンスなのだ。その瞬間、「鼻を舐めてください!」とお願いをする。上唇の上を汚したのならば、後少しだけ上に行けばそこはもう鼻だ。しかし鼻はやはり不潔な印象の強い部位である。物理的距離は近いが、心理的距離は遠い鼻。そんな微妙な距離感の鼻を「舐めてください!」とお願いしてみるのだ。それが顔面舐めのリトマス紙になる。もし、鼻の先っちょをペロンと舐めてくれる程度だったら、その先はお願いしないほうがいいかもしれない。女の子の方が顔を舐めるのは汚いと感じているかもしれないから。しかし、躊躇せず鼻をベロベロ舐めたり、もっと言えば鼻の穴に舌を突っ込んでくるような女の子だったら、もうほとんど勝ちが確定したようなものなのだ。そのまま「気持ちいい~、顔も舐めて~」と言えば間違いなく顔を舐めてもらえる。<清潔感>ちゃんにこの方法を試してみたら、まさに完璧に鼻をベロベロ舐めてくれ、そのまま顔面舐めも何の問題もなくオーケーだった。夢が…、夢が叶ったのだ。僕はベッドに仰向けで寝て、<清潔感>ちゃんに上から覆いかぶさってもらい、上から顔面をひたすら舐められた。部屋の照明はかなり暗かった。若き日の長澤まさみを彷彿とさせるショートヘアに覆われた<清潔感>ちゃんの顔には光が当たっておらず、ほとんど顔が見えない。暗闇からかすかに、顔を舐めながら無邪気にこちらを覗き込む表情が見える程度だ。薄暗い闇の中、目の前にいる悪魔に襲われているような風景で、とても興奮した。

 顔面舐めの気持ち良さは、圧倒的な被虐感だ。顔というのはその人間のアイデンティティの核となる部位あり、そこを汚い唾液で汚されるのがたまらない。これまでの人生において、受験で失敗してしまったり、警察に捕まってしまったり、親を悲しませてしまったり、友達を傷つけてしまったり、就職がうまくいかなかったり、そういった様々な失敗を犯さざるをえなかったこの罪深い自分の顔を唾液まみれにしてもらうことで、まさにこの自分が罪深い存在だと再確認させられる。とてつもない興奮。それが顔面舐めだ。

 そう思っていた。
 しかし、実際のところは、上にも散々書いたように、僕は顔面舐めを許す基準を物凄く高くに設定している。「汚い唾液」とは言いながらも、汚い唾液の中で最も美しい唾液を望んでいる。顔面舐めは罪深さを自覚させてくれるとはいえ、それは最も美しい罪深さなのだ。美しく罪深くありたいというところが、最も罪深い。

これからも、もっともっと美しい人に顔面舐めをされていきたい。

風俗に行っても処女厨は治らない

 「処女厨」というのは、処女が好きで好きで仕方のない人のことだ。

 「処女」というのはもちろん、性行為をしたことがない女性のことを指す。

少し考えればわかることだが、多くの人は厳密な意味での「処女」なんて求めていない。性風俗店のホームページを見れば明らかだ。

 

 日本の性風俗店では「業界未経験」や「男性経験ゼロ!」なんてことが風俗嬢の1つのステータスになっている。もはや「素人の初心な女の子とエッチなことができる」ということは、日本の性風俗店の価値の中心に位置している。

 端から見れば、矛盾も甚だしい。

 例え業界未経験であっても経験人数ゼロであっても、初心なのは最初の間だけだ。そもそもなぜ「不特定多数の人と性行為をする」ということが前提のお店に置いて、「業界未経験」や「経験人数ゼロ」なんてものを求めるのだ。バカなのか?そうだ。バカだ。しかもワシは素人童貞だ。バカなのに素人童貞だ。いや、バカだから素人童貞なのかもしれない。もし「バカだから素人童貞」なのだとしたら、僕はバカな時点で素人童貞ということを運命づけられていたということになる。もし、そのように運命づけられているのだとしたら、さっき「バカなのに素人童貞だ」って言っていた僕があまりにも救われないではないか!バカだから素人童貞を運命づけられているのに「バカなのに素人童貞だ」なんて言っているだなんて、世界の認識が根本的にずれてしまっている。可哀想だ。しかし、それもバカに運命づけられたことなのかもしれない。

 

 要するに、風俗客が求めている「処女」というのは「処女っぽさ」にすぎない。実際に本当の処女が働いてサービスも不十分なら、2chか風俗レポサイトにボロクソ書かれて終わりなのである。一部のおじさんは優しくしてくれるかもしれないが。

 

 処女っぽく、そしてサービスも素晴らしい。


これが求められている。理想の処女だ。風俗客はワガママなんだ。
なんでこんなワガママになってしまうのかと言えば、処女厨が亡霊のように付きまとってくるからである。処女厨は引き剥がそうとしても引き剥がせない性質のものなのである。

 

 ここら辺は性風俗に関係している人であれば当たり前のように知っていることだろう。 しかし処女厨はもっと根深い。僕はさらにもう一重の処女厨を背負っている。

 風俗レポサイトでは、よく「口開け」という言葉が登場する。
「口開け」とは、その日出勤した風俗嬢の最初のお客さんで入れたということである。
「今日は◯◯ちゃんに口開けで入れた!」
なんて使い方をする。

僕はいつも口開けを狙う。口開けでないと諦めることすらある。
それは「風俗嬢のケアが不十分で前のお客さんの唾液がどこかに付着しているのかもしれない」というような非常に直接的な理由もある。しかしそれよりも、もっと精神的な理由の方が大きい。

 今日、この女の子が自分より前に他の人とプレイをしたという状況だけで汚く思えてしまうのである。それは、恋人のふとした仕草の中に前の恋人の匂いを感じ取って汚さを感じてしまうような、そんなタイプのものである。

 これもまた1つの処女厨だ。普通に重症だろう。
だって、自分の頭の中では風俗嬢は毎日、毎日、処女になる。
その日その日の処女を奪えるのは、口開けの客だけということになっている。

 

その日、その日の処女。

 

処女 of the day!!

 

処女 of the day!!

 

処女 of the day!!

 

頭のいいメサコンには腹が立つ

頭のいいメサコンには腹が立つ。
頭のいいメサコンはよくしゃべる。
頭のいいメサコンはあらゆる可能性を想定した上で人助けをしようとする。そうすれば自分はメサコンにならないと信じている。

例えば次のことを考えてみよう。

交通量が多く、信号のない横断歩道の手前で、腰の悪そうな、70代くらいのおばあさんがいたとする。
私はおばあさんをおんぶをして一緒に横断歩道を渡ることにした。
「良かったらおぶっていきますよ」
おばあさんは
「どうも」
と、快諾をしてくれた。
車が来なくなったタイミングで、おんぶをして横断歩道を渡る。
渡り終わると、お婆さんは恍惚な表情で
「ありがとう」
と言ってくれた。

実はこの時、 お婆さんは、おんぶをされて横断歩道を渡っている時の振動によって丁度いい具合で股間を刺激され、実に30年ぶりにオーガズムを迎えていたのだ。
もちろん、私はそんなこと知る由もない。
私とお婆さんは軽く挨拶をし、お別れをした。

頭のいいメサコンは、例え話で人助けの話が始まった時点で身構える。
自分の好意が相手に伝わらないこともある。それを想定した上で人助けをしなければいけないのだ!って。
頭のいいメサコンは頭が良い分、お婆さんの話が始まった時も
「おんぶをするということが老人扱いをしていることになるので失礼になるかもしれない!」
というようにすぐ考える。
そのようにあらゆる可能性を考えれば自分はメサコンではなくなると信じている。しかし、それは大きな勘違いだ。あらゆる可能性を考えていると思い込んでいるが、結局「自分と相手の気持ちの一致」というベクトルでしか考えられていないところが、どこまで行ってもメサコンなのである。

お婆さんはこちらの好意なんぞ軽く飛び越え、30年ぶりにオーガズムを迎える。
自分と相手の気持ちが一致しなくても、世界はそんなにも豊かなのである。

 

 

人生なんて一回切りなんだから、どうせなら楽しく生きようぜ地獄①

 「人生なんて一回きりなんだから、どうせなら楽しく生きようぜ」

  こんな言葉に触発されてしまったことは誰にでもあることだろう。

  今自分がいる場所から一歩抜け出したところに行きたい!、まさにそんなことを考えている最中、テレビやラジオの向こうから、あるいは漫画の登場人物のセリフから、はたまた目の前にいる友達の口から、こんなことを言われた日には人生が一歩前進しそうなもんだ。

  特に若い時なんてそうだ。

  もし僕が自らの第二次性徴に目覚めたばかりの女子高生だったら、
「人生なんて一回きりなんだから、どうせなら楽しく生きようぜ」
という言葉に触発され、この世の深層を知ってやろうと、風俗で働き出していたかもしれない。まぁ風俗なんてこの世の表層中の表層でしかないけど。

  おっと、なぜだか急に女子高生の気持ちになってしまった。

  実際に自分がそんな言葉に触発されて何かをしたことがあるかと過去を思い出してみると、セルフ◯ェラくらいしかないわな。それくらいしか無いというのは恐らく嘘だろうが、セルフ◯ェラを成功させた時の感動が凄すぎてそれしか思い出せない。たしか2時間くらいかかった。いつ親や兄弟が入ってくるかわからない自室で、2時間くらいありとあらゆる方法で腰を曲げ、セルフ◯ェラに向かい一直線に走り続けた。初めは50センチ以上届かなくて一向に届きそうになかったのに、2時間も続けると差が縮まるもんだ。あれほど自らの成長を感じたことは今まで無い。一直線に走り続けて向こう側の世界へ行くことができたのだ!確か味は少しだけ苦かった気がする。

  まぁそれくらいが僕の人生の頂点だ。

  「人生なんて一回きりなんだから、どうせなら楽しく生きようぜ」
そんな精神はその程度のものなのだ。

  なんかセルフ◯ェラのせいで話がずれてないか?

「人生なんて一回きりなんだから、どうせなら楽しく生きようぜ」
って言葉が悪いんじゃなくて、悪いのは普通に俺個人なんじゃないか?って思いが込み上げてきて不安になってきたけど、話を続けることにしよう。

  いや、ここでもう一回話を脱線させておこう。

  「セルフ◯ェラ」という表記について。一応下ネタなので一文字隠しにしてはいるが、「セルフ◯ェラ」という表記にすると「"セル" "フ◯ェラ"」というように人は文字を認識し、後ろの4文字を見ただけで「◯」の中に何の文字が入るのか、思考する以前にわかってしまうのである。

就活について①

 今年は就職活動をしてサラリーマンになった。

 昨年、大学院で倫理学を学ぼうという気持ち2割と、働きたくないという気持ち8割の意気込みを持って、都内の某大学院を受験することにした。

 お金の支援が欲しかったので一応親にも相談をしたら

「まぁお前を勝手に産んだのも俺らだし、好きなことやっていいけどさ、大学院の学費くらいは貯めることが条件な」

と、中卒ブルーカラー酒とタバコとギャンブル網羅親父が言ってくれた。出産の身勝手さを認めた上で建設的な提案をするという、非常に倫理的な答えが返ってきて驚いた。まぁ倫理的な感覚については学歴など関係ないのだろう。

 一方、大卒母親は

「なんで?」

と問い、

 「勉強したいから」

と僕が応えると、

「そんな勉強ばっかしてもしょうがないよ」

と返答してきた。これまた驚いた。 今まで母親はしきりに

「勉強しなさい」

と言ってきたからだ。

 高校で進学校に入学し、300人の生徒の中でビリから3番目くらいの成績をとった時なんか、どれだけ母親が悲しい思いをしているのかという長文メールを送ってきたほどだ。 文章の終わりには「アンジェラ◯◯(母親の本名)」とあり、僕はあまりの母親の痛さにひっくり返りそうになった。お前、ペンネーム持ってたんか、と。思春期の僕には恥ずかしくて仕方がなかった。ひっそりと子供に隠していたペンネームを召喚してまで勉強をするように働きかけてきたそんなアンジェラが、大学院受験の時には

「そんな勉強ばっかしてもしょうがないよ」

と言ってきたのだ。この時ばかりは昔バカにしていたアンジェラに再開したい気持ちも生まれたが、勉強を応援してくれるアンジェラはもう見つけることができなかった…。

 しかし、経験的に母親は僕がやりたい事を言ったら文句を言いながらなんだかんだでOKしてくれるという性格なので、とりあえず一回否定されるのはある種の儀式のようなものだと受け止めた。

 

 その後は大学の先生が不要としていた本を神の力でお金にするという方法で大学院の学費をしっかり稼ぎ、冬の試験に向けて勉強をした。試験には第二外国語もあり、それまでろくに勉強をしてこなかったので、ドイツ語の勉強漬けになった。ドイツ語を中心に専門科目と英語の勉強を進め、試験の日が近づいてきた。

 

 結果は、受験料の振込失敗であった。

 

 受験料の振込の期限最終日に銀行に向かった。銀行は3時に閉まるので、心配性な僕は余裕を持って2時に銀行に向かった。少し待ち時間があり、2時10分頃に受付をしてもらうと、

「振込は2時までです。ごめんなさい。」

と言われた。最近受付に姿を現した若い女性の方だったので、おそらく新人で、まるで悪いのは自分であるかのように、とても申し訳なさそうに謝られた。 こうして僕の大学院受験は終わった。

 

 「しかし、こう考えることができる。単に私が受験料振込に失敗したのではなく、私の無意識がそうさせたのだ。深層のところで私は、大学院受験をしないことを望んでいたのだ…、と。」

 

 こんな風に、勉強したてのラカン精神分析を用いて自己正当化し、私が無意識に望んでいた就職活動を次の年から始めることにした。