あぁ、池袋。 あぁ、風俗ホテル。
某デリヘルの予約をし『池袋アトランタホテル 』 へと足を運んだ。ウィーンッと自動ドアが開くと、独りの初老の男が受付をしている最中だった。その後ろで、ソファに座って順番を待つ独りの中年の男がいた。そして、今しがたホテルに入室してきた私もまた、独りの男だ。風俗客と、風俗客と、それから風俗客。みんな違って、みんな風俗客。池袋の安いラブホテルの、相変わらずの風景だった。
自動ドアが開いた途端、ソファに座っていた中年の男がこちらに目をやり、スマホをジーンズのポケットにしまって立ちあがり、初老の男性の後ろに並んだ。「次の順番は俺だからな」とでも言いたげな態度である。その中年の男の目は「座ってると順番がわかりづらいからね」などという配慮のような気持ちは感じられず、「お前みたいな奴は順番を守らなそうだからな」というような、敵意にも似た感情に満ち満ちていた。列に並んだというよりかは、己の領域に踏み込まれないための、マーキング行為のように私には思えた。
その男のすぐ後ろのソファに座って順番を待つ。おでこの広くて黒淵メガネの店員と、中年の男がいくつかのやりとりをした後、店員が鍵を渡し、中年の男はエレベータの方へと歩いてゆく。
「次のお客様、清掃の時間がありますので、あと5分ほどお待ちください」
ちょうど私の順番のところで、空いている部屋がなくなったようだ。仕事終わりの夜の池袋。こんなことは想定の範囲内で、私はデリヘルの予約時間の15分前にこのホテルに足を運んでいた。5分の待ち時間くらい、何の問題もない。まだまだ歯を磨く時間だって確保できるし、女の子とのシャワーの前に先にちんこだけ綺麗にしておくための時間をとってもまだ余るくらいだ。ノープロブレム。私はソファに腰を下ろしたまま、店員に呼ばれるのを待った。
ウィーンッ
「303号室入りまーすっ!」
自動ドアが開き、ハキハキとした口調のスーツ姿の女性が颯爽と私の目の前を通り過ぎてゆき、コツッ、コツッ、コツッ、とヒールでリズムを刻みながら、エレベータの方へと一直線に歩いて行った。そのハキハキとした口調にどこか聞き覚えがあったため、そのOLが向かっていったエレベータの方に目をやると、以前、私が指名したことのあるデリヘル嬢であった。今日はOLコスプレのオプションがついているようだ。エレベータに乗る直前に「はぁ~っ」と、彼女が重たい溜め息をついたことにどこか世知辛さを感じてしまったが、私が彼女を見かけたという気持ちだけはどうにか伝えようと、その場で彼女のシティヘブンのプロフィールページを検索し、「みたよ」ボタンを一押しして、再び前を向いて部屋が空くのを待った。
ウィーンッ
今度は、胸の大きなふくよかな女性が入って来た。池袋のおっぱい堪能型エステ『乳の湯』の女性か!? と一瞬思ったが、その女性はそのままソファへと腰を下ろした。一直線に部屋の方に向かわないということは、どうやら風俗嬢ではないらしい。女性用風俗も流行している昨今、もしかしたらこの女性も風俗客であるのかもしれないし、または、我々の全く予想もつかないラブホテルの使い方をしているのかもしれない。真相は闇の中である。
「次のお客様、清掃終わりましたのでどうぞー」
やっとのことで呼ばれ、受付で料金を支払い、ホテルの鍵を受け取る。今日の私の部屋は、901号室だ。鍵を受け取ったらエレベータの方へと向かい、上を向いた矢印のボタンを押し、エレベータが下りてくるのを待つ。チーンッ! という音を追うようにエレベータのドアが開くと、腰のあたりまで伸びた黒髪の、スレンダーなアラサー女性が現れた。彼女は下を向きながら、どこか申し訳なさそうに、キャリーケースを転がしながらエレベータから出てきた。そのキャリーケースのファスナは少しだけ開いており、先がハートの形をした鞭が顔を出していた。
十中八九、SM店の女王様なのだろう。SM店のような多くの道具が必要な業態では、荷物が多いためキャリーケースを使用する人が多いのである。
空になったエレベータに乗り、9階のボタンを押すと、向こうの方からドタバダドタバタと、こちらに走ってくる足音が聴こえた。しばらくドアを開けながら待っていると、茶髪で細身のイケてる大学生のような女の子と、あまりケアできているとは言い難いゴワゴワの黒髪の、どちらかといえば地味なグループに所属していそうな大学生のような女の子の2人組が、エレベータに勢いよく駆け込み、7階のボタンを押した。
「そんなに髪長かったっけ!?」
黒髪の方の女の子が、舌を出して息を乱しながら茶髪の女の子に向かって興味深そうに問いかける。
「伸びたんですよー。だって会うの3か月振りじゃないですか」
茶髪の女の子は、少し受け流すような応え方だ。
一体、この2人組はどのような理由でラブホテルに来たのだろうか。短いやりとりを聞いただけでは、その理由は見つかりそうになかった。エレベータが7階に到着すると、茶髪の方の女の子が手持ちの鞄からゴソゴソと何かを取り出し、
「えーっと、確か90分だよね」
と呟きながら、「ピッ!」という機械音を鳴らし、2人はエレベータから出て行った。彼女が手に持っていたものは、キッチンタイマーだった。3Pコースへと向かう、デリヘル嬢たちなのだろう。