『私の娘はピンサロ嬢』は黒より白の方が断然面白かったという話。

 こんばんは。7月9日も終わって、7月10日の月曜日になりました。深夜です。今日も本当に暑かったですね。今日は夜から『私の娘はピンサロ嬢-黒-』を見るので午前中にピンサロに行ってきたのですが、出勤したばかりの女の子のパンツが汗でビショビショで本当に夏を感じましたね。

 ということで、前回も一緒に参戦したピンサロ経験者のエステ嬢さんと『私の娘はピンサロ嬢-黒-』を観劇しに行ってきました。が、観劇終わりに飲み屋で反省会をしたところ、先週の『私の娘はピンサロ嬢-白-』の方が断然面白かったという結論に至ってしまいました。

 

 

 というわけで、なんで『私の娘はピンサロ嬢-白-』の方が断然面白かったのか考えていこうと思います。吾輩は演劇のことなどは全くわからないし、演者さんの良し悪しも微妙にわからない人間ですが、ピンサロに5年は通い続けている素人童貞として、ピンサロのことだったら少しは意見していいのではないかと思うので、書いていきましょう。『私の娘はピンサロ嬢』とブログタイトルに入れてツイートしておけば、おそらくエゴサで主催者の方や俳優の方たちの何人かも読んでくれると思うので、愛をこめて書いていきますぜ。そもそもピンサロを主題にした舞台をしてくれている時点で大敬愛しているのですからな。

 

 『私の娘はピンサロ嬢-黒-』は『私の娘はピンサロ嬢-白-』とは違って〝絶望の物語〟だということだったのだけど、率直に言ってしまえば絶望の内容が甘すぎたと思う。舞台で描かれているのは、現実のピンサロ嬢の絶望というよりかは、「ピンサロ嬢ってこういう絶望を感じながら生きているんだろうな」という世間の一般的な偏見を沿った形の絶望でしかなかったと感じた。

 そもそも、ピンサロに限らず風俗業っていうのは、昔から〝闇〟とセットで様々なメディアで語られてきている。風俗嬢のドキュメンタリー作品とか見ても、大抵は家庭の貧困とかDVとか精神障害とか、そういうものとセットで語られている。むしろ、そういうものとセットでなければ風俗嬢のドキュメンタリーを語る価値がないかのようですらある。一方で、SWASHのようなセックスワーカーとして働く人たちが安全・健康に働けることを目指して活動している団体があってさ、この団体が出してる風俗嬢の調査とか読むと全然違う世界が見えるんだよね→風俗嬢意識調査―126人の職業意識 | 要 友紀子, 水島 希 |本 | 通販 | Amazon。この調査の中には確か「今の仕事にやりがいを持っている」って言ってる風俗嬢が6割くらいいてさ、これって一般企業で働いている人に同じ質問をした時よりもはるかに多い割合なんだよね。だからと言って手放しに風俗が素晴らしいとか、そこに不幸や絶望がないってわけじゃないけどさ、とりあえず言えるのは風俗で働いている女の子は背景に不幸な事情があるって単純に言える時代はもう完全に終わっているということ。そういう時代の中でピンサロ嬢の〝絶望〟を描くとしたらさ、世間一般の人が風俗に対して持っている〝絶望〟のイメージとは違うものを描かないと、現実の絶望じゃなくて世間の人が望んでいるようなめちゃくちゃ陳腐な〝絶望〟になってしまうと思う。

 『私の娘はピンサロ嬢-黒-』も、その範疇を抜け出ていなかったと思う。登場するのは機能不全家族や、彼氏がピンサロに行って悲しむ女性などの問題系であって、そんなものは世間で散々語られてきているので、わざわざ〝絶望〟と謳って演劇として切り取る価値があるほどのものなのかと問いたい。そもそもこの舞台を主催している黒虹サンゴさんは「社会に馴染めず生きづらい人間に木漏れ日を射します」ってホームページで謳っているんだから、絶望を描くならばもっともっと絶望に接近してほしい。例えば主題となっているピンサロ嬢だったら、ピンサロという業態の中でもお店によってカーストがあるし、同じピンサロ店の中でもピンサロ嬢のカーストがある。そうやってどんどんどんどんピンサロの内部の深層に潜っていけば、世間では全く光の当たっていない〝ピンサロ嬢ならではの絶望〟というものに接近できるんだと思うんだけど、『私の娘はピンサロ嬢-黒-』はそういったことは一切なく、機能不全家族などのを背景とした「風俗嬢の闇あるある」でしかなかったと思う。それは〝ピンサロ嬢ならではの絶望〟ではなく、世間が〝ピンサロ嬢はこういう絶望的な存在であってほしい〟と望んでいることでしかない。風俗に関するニュースをよく読んでいて、ピンサロにもよく通っている吾輩でも全く気づかないような、もっと入り込んだ現実の絶望を見せてほしいと思った。

 それとは逆に、『私の娘はピンサロ嬢-白-』は本当に最高だった。そもそもユーモアを交えて心がほんわかするピンサロ嬢の話なんて中々ないというのもあるし、何よりその細かな内容がよかった。ピンサロで働いている娘が家族にそのことがバレて家族会議になった時、お母さんが「実は私もミュージカル女優になるためにピンサロで昔働いていてね」とか飄々としているのが本当に最高だったんですよね。実際に風俗で働いたことがある女性の数から考えれば、風俗で働いている女の子のお母さんが昔風俗で働いたことがある、っていう状況は実はそこそこあるんじゃないかなって思ってしまう。でも風俗で働いた女の人は引退すれば自分が風俗で働いた記憶は抹消することが多いので、お母さんが「実は私も昔は...」なんて言い出すことはないと思う。それに風俗で働いたことを記憶から抹消しなくても「自分は風俗で働いたけど娘にはそうなってほしくない」って考えてしまう親心というのもある。だから実際に風俗で働いている娘のお母さんが風俗で働いたことがあったとしても、その認知件数はめちゃくちゃ少なくなっていると思う。だからこそ、ピンサロで働いていた娘に対して「実は私もミュージカル女優になるためにピンサロで昔働いていてね」と飄々と語りだすお母さんは、実は日が当たっていないだけでこの世界のどこかに本当に実在しているんじゃないかって期待が持ててしまうようなシチュエーションだと思ったし、実際に現実にあり得そうな希望ほどロマンチックなことはないと思うので、そういうものを描いていた『私の娘はピンサロ嬢-白-』の方が断然いいなぁ、と思った。今も親バレに悩むエステ嬢氏も「こんな家族だったらいいなぁ」って絶賛していたよ。

 

 あとね『私の娘はピンサロ嬢-黒-』はダメ親父がYoutuberって設定が現代的で面白かったし、延々と懲りずに画鋲を100個口に含むなどの画鋲ネタで配信してるのもユーモアに満ち溢れていて最高に面白かったんだけど、そのYoutuberの親父に惚れ込んだ汐ちゃんという若い女の子がマジでヤバイ人な感じがして、そっちの方が気になってしまった。収入の少ない家庭のためにピンサロで働いている現実思考の頭のいい娘よりも、画鋲ネタを配信しているアラフォーのYoutuberにゾッコンの頭弱そうな女の子の方が絶対に壮絶な人生を送っていると思うんだよね。目の前にそういった本当にやばそうな絶望が転がっているのに、普通にピンサロで働けてる現実思考の女の子の方を〝絶望〟として取り扱っていても、これは本当に注目すべき絶望なのかな?って、物語の主題から逸れることを思ってしまう余白ができてしまっていたと思う。

 

 あと、これは『私の娘はピンサロ嬢-白-』でも『私の娘はピンサロ嬢-黒-』でも思ったんだけど、ランキング1位の演技のうまい風俗嬢の演技をしても面白味を出すのは難しいんじゃないかということ。だって、そもそも風俗嬢って女優なんですよ。ランキング上位の風俗嬢なんて、人の心をつかむ演技のプロなんですよ。それで指名をバンバン取って金稼いでいるんですよ。素人童貞の吾輩からすればね、ランキング上位の風俗嬢の演技をする舞台女優っていうのはさ、演技のうまい人の演技をしている人にしか見えないんだよね。演劇のことわからないけど、例えば、既に売れている舞台やドラマと同じ話をそのまま舞台でやるって言ったら、すごくハードル上がりませんか。だって既に演技のうまい人がやっている役をそのままやるってことだから、演ずる側に何かしらの強みが必要だと思うんですよね。今日も一緒に観劇したエステ嬢さんと観劇終わりに飲み屋で本日の反省会をしたんだけどさ、「私、先週の白のピンサロ嬢の子の演技できるよ!(キリッ。っていうか実際にお店でやってたし。」なんて言われちゃってるんですよ。エステ嬢さんはさ、昔から清楚系とか処女性を売りにしていて、黒の女の子よりも白の女の子の方に近い人からそう言ったと思うんだけど、実際に以前にピンサロで働いていてランキング1位になっていたことがあるそうで、そういう人に対しても「私、先週の白の子の演技できるよ(キリッ」なんて言わせないくらいのピンサロ嬢演技が見たいですよ。それくらい風俗嬢の演技ってハードルが高いってことをね、素人童貞として言っておきますよ。あとね、白のピンサロ嬢の娘はこの前相互フォロワーになったのでついでに深夜のテンションでもう1disしておくけど、この舞台にどれくらい思い入れがあったかわかないけどさ、舞台終わった後に最後観客に頭下げるときにあまりにいい表情しすぎじゃないか。吾輩は日曜日の最終公演に行ったけど、すごいいい表情で頭下げてましたよ。劇中のお父さんに身バレした時の表情とか最高に良かったけどさ、それよりも最後の挨拶の時の表情が良すぎて吾輩はその時の映像ばかりが頭に残っているよ。劇の外で一番いい表情するって女優としてどうなんだぜベイベー。

 こんなに偉そうな素人童貞ってビックリじゃないですか。今この記事書いてて僕も自分でビックリしてますよ。Twitterのせいで自己愛性パーソナリティか何かになったんじゃないかって。でもね、北沢彰も北野強もきっと僕と気持ちは同じだと思うんですよね。

 

 って感じで、家族と愛と風俗の物語という主題の事情なんぞ考えず、風俗嬢を演じた女の子も劇中に風俗嬢の演技だけをしていたわけではないという事情も考えず、ただただ風俗への愛という素人童貞の視点から色々言ってしまったけど、普通にとてもいい時間を過ごさせて頂いたので吾輩はこの2週間幸せでしたよ~。ユーモアの力は間違いないしね。また風俗の何かを主題にすることあるかわからないけど、今度作る時はもっともっと素人童貞の吾輩の知らないような風俗の深層部に足を踏み入れてほしいなぁと思います。頑張ってください。応援しております。