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風俗嬢に顔面舐めをされて原罪を自覚する

 NHKの『こころの時代~宗教・人生~』という番組を全て録画している。
 平日の連勤に疲れ、特に何かをやろうという気も起きない週末。ワンルームの部屋で1人で過ごし、丁度いいくらいに鬱々としてくる夕暮れ時、気づくとハードディスクに溜め込んだ『こころの時代~宗教・人生~』を1.5倍速で見ている。本当は2倍速がいいけど、1.5倍速が限界のテレビだからしょうがない。
 先週の週末に再生したのは、東八幡で教会を営んでいる牧師さんの話だった。SEALDsの奥田愛基さんの父親の奥田知志さんである。
 奥田知志さんは昔からホームレスの生活支援をしているようで、奥田愛基さんの自伝にも、子供の頃から普通にホームレスの人と1つ屋根の下で生活していたというような話も書いてあった。

 

変える

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 その番組の中で、こんな場面があった。牧師の奥田知志さんがホームレス支援のためにアパートを5部屋くらい借りたが、入居者を募集したらその何倍ものホームレスの方から応募が殺到してしまった。年齢や健康状態を踏まえ、入居者候補を10人まで絞ったが、10人皆が今すぐに住居を必要としているレベルなので、5人には絞れない。でも部屋の数には上限があるから、残酷だけれど5人に絞らなければならない。奥田知志さんは「人間はそもそも罪人(つみびと)だから」と、自らの支援活動も罪深いものだと自覚した上で、そういった苦労を引き受けながら活動を行っているようだった。

 さて、後悔し始めてきた。どうして僕はこんな話をいきなりしてしまったのだろうか。最悪な文章展開である。こっから風俗での唾液の話をしようと思っているのに。でも奥田知志さんを取り上げていた番組にはいろいろ思うところがあった。人間が罪深い生き物だというのは、本当にそう思う。別に僕はクリスチャンではないし、人間の罪深い部分だけをやたらとクローズアップをする必要もないとは思うけど、それでも人間は罪を背負わざるを得ない生き物だという感覚はわかる。

 しかし、である。僕は今から風俗での唾液の話をするのだ。そのためにこんな前振りは必要なかったのではないかとも思う。うん。気を取り直して唾液の話をしよう。

 風俗に行くとまずすることがある。それはキスである。風俗嬢は身体は許せど唇は許さない、キスは好きな人としかしたくない風俗嬢も多い、そんなのはもう完全に昔話で、むしろそんなこと言い出す風俗嬢の方が珍しいくらいだ。
 キスをするといつも気になるのは風俗嬢の唾液の匂いだ。僕はキスの時に、まず唾液の匂いを嗜む。ワインはまず匂いを嗜むというが、唾液もそうである。まず匂いを嗜むのだ。それがスマートな大人の男性の楽しみ方である。僕は唾液ソムリエだ。

 先にキスの話をしてしまったが、ここで注意が必要なことがある。唾液の匂いを嗜む前に、僕は想像で唾液の匂いを嗜んでいる。風俗嬢と初めて顔を見合わせてから、彼女の推定年齢、肌の色や質、歯並び、会話の仕方や表情などから、「この人はこんな唾液の匂いかもなぁ」と想像している。ここでまた1つ気をつけなければならないのだが、自覚的に想像しているわけでは決してない。実際にキスをして唾液の匂いを嗜んだ時、「えっ、思っていたのと違う!」と感じることがよくあるのだが、その驚いている自分に気づいた時にやっと、自分が想像で唾液を嗜んでいたことに事後的に気づくのである。

 これは面白いようで全く面白くない話だけれど、美人の唾液が臭かった時はやっぱり驚きが大きい。美人なのに臭いのかよ!って驚いている自分がいる。また、唾液を嗜んでいく中で、個人的にコペルニクス的転回のような発見だと思ったことがある。それは顔の美醜と唾液の匂いの良し悪しはあまり関係がないということだ。どんなに瞳のキラキラした美人でも、4畳半の木造アパートみたいな唾液の匂いの人もいる。というか結構な確率でいる。ルックスは2LDKオートロック駅まで徒歩3分高級マンションって感じなのに、唾液の匂いは築42年畳4畳半の木造アパートって感じの美人が結構いるのだ。ちなみに僕が今まで一番唾液の匂いがいいと思った風俗嬢は、不潔なイメージを持たれやすい太った女の子だった。

 そうは言ったものの、やはり唾液は想像で嗜んでいるところもあるので、イメージやルックスも重要だ。僕の個人的な感覚だと、歯並びが綺麗で、肌が白くてスベスベな、中背中肉の健康体の女の子は唾液の匂いがいいはずだ、という思い込みがある。

 最近、とある風俗店で理想にかなり近い女の子を見つけた。肌は真っ白で、笑顔が明るく、長澤まさみに似ている中肉中背の女の子だ。まさみちゃん(仮名)と呼ぼう。仮名ではなく本名が気になる人もいるかも知れないが、僕は源氏名しか知らないぞ。初めてまさみちゃんに会った時、まさみちゃんはDカップなので「私おっぱい大きいよ」と、おっぱいアピールをしてくれたのだけれど、僕の脳内ではおっぱいの大きさは想像の唾液の匂いには全く影響を及ぼさないので、その時はおっぱいアピールを無に帰してしまった。いよいよ、まさみちゃんとキスをする段になり、どうだ…、どうだ…、と、唾液の匂いを心待ちにしていると…、驚くべきほどに無臭であった。見た目の印象の通りに清潔感のある唾液で、ものすごく美しいと思った。もちろん彼女自身の美しさもあるし、想像の唾液と実際の唾液の美しさが一致したという、そのこと自体も美しかった。

 あまりに美しいものに出会うと、僕は「そんなはずはない」と思ってしまう。どこかに粗があるに違いない。2回目に彼女のことを指名した時に、69をしようと提案した。唾液が無臭でも、下の方の体液が物凄い臭い人もいる。それを確かめようと思った。これは一見変なこだわりに思えるかもしれないけど、飲み水にも使わない地下水汚染を気にして豊洲新市場移転に反対している都民の多くは賛同してくれると信じている。この前なんて、ルックスも唾液も綺麗だった18歳の女の子に「69をしよう!」と誘って69をした時、あまりの臭さに頭がクラクラしそうになった。しかし「69をしよう!」と言ったのは自分であるので、ここで舐めないのはおかしい人だと思われると思い、臭さの度合いの低い内腿の辺りを必死に舐めた。そんなことを気にする以前に、僕は頭がおかしい人な可能性も否めないが。そんなこともあったので、まさみちゃんにも69を提案したのだ。結果、どこもかしこも臭いところが無かった。完璧だと思った。下の穴と上の穴が清潔であると、その人は上から下まで一本の清潔な筋が通っているかのようなイメージになる。もはやまさみちゃんは清潔そのもので、僕の中ではほとんどまさみちゃんが<清潔感>という概念そのものに思えるようになった。

 やっとだ。やっと準備が整った。長かった。ここまで実に3年くらいかかっている。 僕は<清潔感>に顔を舐めてもらおうと思っていたのだ。しかも都合の良いことに<清潔感>ちゃんは、自分のことを自分で「犬」というくらいに人を舌でペロペロするのが好きということだった。しかし、唾液ソムリエの僕はいきなり「顔舐めて」なんて品の無いことは言わない。まだまだ唾液ソムリエ見習いの頃は、長谷川潤似のハーフ顔の風俗嬢に「顔舐めてぇ~」とお願いしたら、間髪入れずに「お前頭おかしいんか!」と、頭をポカン!と叩かれたことがあったが、今の僕はそんな品の無いことはしない。ちなみに言っておくと、長谷川潤似の女の子に頭を叩かれた瞬間、ちんこは勃った。

 少し話が脱線した。顔面舐めの話に戻そう。経験的に、顔を舐めてくれる子とくれない子にはキスの時点で大きな差がある。キスをする時に、こちらの口の周りを平気で唾液で汚してくる女の子は、頼めば顔を舐めてくれる可能性が高い。特に、上唇の上の方を汚してきた時はチャンスなのだ。その瞬間、「鼻を舐めてください!」とお願いをする。上唇の上を汚したのならば、後少しだけ上に行けばそこはもう鼻だ。しかし鼻はやはり不潔な印象の強い部位である。物理的距離は近いが、心理的距離は遠い鼻。そんな微妙な距離感の鼻を「舐めてください!」とお願いしてみるのだ。それが顔面舐めのリトマス紙になる。もし、鼻の先っちょをペロンと舐めてくれる程度だったら、その先はお願いしないほうがいいかもしれない。女の子の方が顔を舐めるのは汚いと感じているかもしれないから。しかし、躊躇せず鼻をベロベロ舐めたり、もっと言えば鼻の穴に舌を突っ込んでくるような女の子だったら、もうほとんど勝ちが確定したようなものなのだ。そのまま「気持ちいい~、顔も舐めて~」と言えば間違いなく顔を舐めてもらえる。<清潔感>ちゃんにこの方法を試してみたら、まさに完璧に鼻をベロベロ舐めてくれ、そのまま顔面舐めも何の問題もなくオーケーだった。夢が…、夢が叶ったのだ。僕はベッドに仰向けで寝て、<清潔感>ちゃんに上から覆いかぶさってもらい、上から顔面をひたすら舐められた。部屋の照明はかなり暗かった。若き日の長澤まさみを彷彿とさせるショートヘアに覆われた<清潔感>ちゃんの顔には光が当たっておらず、ほとんど顔が見えない。暗闇からかすかに、顔を舐めながら無邪気にこちらを覗き込む表情が見える程度だ。薄暗い闇の中、目の前にいる悪魔に襲われているような風景で、とても興奮した。

 顔面舐めの気持ち良さは、圧倒的な被虐感だ。顔というのはその人間のアイデンティティの核となる部位あり、そこを汚い唾液で汚されるのがたまらない。これまでの人生において、受験で失敗してしまったり、警察に捕まってしまったり、親を悲しませてしまったり、友達を傷つけてしまったり、就職がうまくいかなかったり、そういった様々な失敗を犯さざるをえなかったこの罪深い自分の顔を唾液まみれにしてもらうことで、まさにこの自分が罪深い存在だと再確認させられる。とてつもない興奮。それが顔面舐めだ。

 そう思っていた。
 しかし、実際のところは、上にも散々書いたように、僕は顔面舐めを許す基準を物凄く高くに設定している。「汚い唾液」とは言いながらも、汚い唾液の中で最も美しい唾液を望んでいる。顔面舐めは罪深さを自覚させてくれるとはいえ、それは最も美しい罪深さなのだ。美しく罪深くありたいというところが、最も罪深い。

これからも、もっともっと美しい人に顔面舐めをされていきたい。